2012年07月04日
神明神社
下京区綾小路通高倉西入神明町に、神明神社(しんめいじんじゃ)という小さな社があります。
この地は関白・藤原忠通の邸跡で、近衛天皇がしばしば行幸したと伝わっています。
四条内裏、東洞院内裏と呼ばれていて、こちらに祀られていた鎮守社がこの神明神社と伝わっています。祭神は天照皇大神で、菅原道真を祀る文子天満宮が合祀されています。
以前、「源 頼政 鵺退治」http://www.zuzu.bz/ownerblog/2009/05/post_200.htmlと題して、鵺池跡について記載したことがありましたが、こちらも頼政と鵺にまつわる話が残っています。
近衛天皇の時代、鵺退治を命じられた弓の名手 頼政は、こちらにその成功を祈願し、みごとに撃ち捕ったその感謝の意を込めて、使用した二本の「鏃(やじり)」を奉納したというものです。
してみると、近衛帝がこちらに住まいされていた時に呼び出され、退治した現場であると考えるのが自然に思えますね。
謡曲「鵺」では、この時退治された鵺が亡霊となって現れ、この時の様子を語り、老僧の供養に感謝して消えてゆくという物語になっています。
- by zuzu
- at 12:57
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