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2012年03月09日

第46回京の冬の旅 妙心寺 玉鳳院

妙心寺は、花園上皇が離宮を造営されて、萩原殿と称されていたものを、禅寺に改められたものです。
塔頭である玉鳳院は、花園法皇が妙心寺開創の頃に伽藍の傍らに建てて潜居されたところです。ここから関山慧玄に参禅されました。6-639.jpg
法皇縁の由緒ある建物として「玉鳳禅宮」とも呼ばれています。

美濃の山中より招かれた開山である関山慧玄(かんざんえげん)の寂後、開山廟 微笑庵(みしょうあん)を営まれました。6-636.jpg
方丈では、狩野益信、永真筆の襖絵を観る事ができます。廊下からの拝観で、龍図を正面から観られないのは残念なところです。
唐門6-637.jpg
奥の開山堂には、関山慧玄の木像が安置され、絶えず香が焚かれています。その前方には「妙心寺型」と称される石灯籠があります。さらに前方には、平唐門。室町時代 応永十六年(1409)に後小松天皇より御所の門を賜って移築したもので門扉に、応仁の乱の矢傷が残っています。6-638.jpg
「風水泉」と呼ばれる井戸が、歩廊の北側にあります。この場所で関山慧玄が、二世の授翁宗弼(じゅおうそうひつ)に後事を託して入寂したと伝わります。その北側には、秀吉の長男鶴松木像が安置された廟があります。東北の隅には、武田信玄・勝頼・信勝・信豊の供養塔と織田信長・信忠の供養等が並んでいます。開山堂を一回りしてそれらを観て回るのですが、堂の柱がかなりシロアリにやられているのが目につきました。すでに薬剤が仕込まれて処理されているのでしょうが、痛々しい感じでした。

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