2010年07月21日
上田秋成 その7 崇徳天皇陵
雨月物語の巻の1は「白峯」です。西行さんが、生前縁があった崇徳院の白峯御陵を訪ね、経文を唱え歌をよみます。
松山の 浪のけしきは 変らじを
かたなく君は なりまさりけり
と、そこへ院の亡霊が現れ、返歌をよみます。
松山の 浪にながれて 来し船の
やがてむなしく なりにけるかな
近頃世に兵乱の続くは朕がなす業であると、その深い怨恨を語ります。西行が仏法を説くも、院のお心は変わらず、この後も祟り続けると告げられます。
よしや君 昔の玉の 床とても
かからん後は 何にかはせん
ふたたび、西行のよんだ歌を聞こし召して、だんだんお顔の色もやわらぎ、ついにお姿もかき消すように見えなくなり、夜が明けます。
保元の乱(1156年)により、讃岐の国へ御配流の悲運に遭われた院は、血書をもって京都への御還幸を願われたのですが、それを拒まれ、憤怒の御姿のまま、長寛2年(1164年)に46歳にてその地で崩御され、白峯山陵に奉葬されました。上皇の寵愛厚かった阿波内侍は、御遺髪を請い受けて、東山に塚を築いたといわれています。
祇園花見小路甲部歌舞錬場の東側です。
- by zuzu
- at 13:11
comments
白峯山稜というのは讃岐にあるのでしょうか?
香川県坂出市青海町の四国第81番霊場 別格本山 白峯寺の隣にあるようです。
一度訪れてみたいものです。