2010年06月27日
上徳寺 本覚寺
世継地蔵で知られる上徳寺は、五条富小路を下がった西側にあります。浄土宗の寺院で、山号は、塩竈山(えんそうざん)、ご住職も塩竈さんというお名前です。
このあたりの町名は本塩竈町といい、平安時代に源融の別荘であった河原の院に由来しています。
鴨川から水を引き入れて広大な池庭を造り、塩釜の浦(宮城県)の景観を再現する為に、難波から毎日海水を運ばせ、塩焼きの風情を楽しんだということです。五条富小路を下がったすぐ東側の本覚寺さんの門前に河原院の跡地にあたるということが記されています。
さて、上徳寺さんに話を戻します。こちらは、1603年(慶長8年)徳川家康の帰依を得て、家康の息女泰栄院とその生母上徳院(阿茶の局)の菩提を弔うため、伝誉蘇生上人を開山に請じて建立した寺と言われています。
その門をくぐり、境内に入ると右手には、江戸時代の冠句の唱導者 堀内雲鼓の句碑があります。
日のめぐみ うれしからずや 夏木立
碑の背後には柘榴の木が植えられていて、ちょうど花を咲かせていました。延命長寿、吉相息災の柘榴だということです。正面の本堂は明治時代に、永観堂の祖師堂を移築したものです。そして、左奥の地蔵堂に世継地蔵さんがいらっしゃいます。
長くなったので、続きはまた後日。
- by zuzu
- at 09:07
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