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2009年09月23日

頼山陽

江戸時代後期の日本を代表する漢学者である頼山陽(らい・さんよう)は、天保3年9月23日(1832年10月16日)に亡くなりました。
歴史・文学・美術などのさまざまな分野で活躍し、特に、没後に出版された『日本外史』は、幕末から明治初期の人々に大きな影響を与えました。木戸孝允や伊藤博文らもこの書を読み感奮したそうです。

文化8年(1811年)、32歳の時に上京して以後は、東山三本木の「山紫水明処」に住まいしました。p8536.jpgp8535.jpg
鴨川に面している書斎は、東山を望む風光明媚なロケーションで、現在も史蹟名勝天然紀念物として、保たれています。
鴨川沿いから見た様子は、なんとも昔話に出てきそうな感じです。
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病にかかってからも、執筆活動に励み、死ぬ直前まで、筆を離さなかったそうです。享年53歳でした。
円山公園の長楽寺に葬られています。

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