2009年03月04日
報恩寺
宝鏡寺さんから、小川通りを少し下がると、りっぱな町屋が目に付きます。
そのお向かいに報恩寺があります。
門前の石橋には慶長7年(1602)架橋の刻銘があり、本法寺の石橋とともに、今は埋められた小川(こがわ)の名残を止める貴重な遺産だそうです。豊臣秀吉の侍尼 仁舜尼の寄進によるものだそうですが、かなり、傷んでいました。
門を入って左手に平安時代末期の鋳造による重要文化財の鐘と、墓地があります。鐘には西陣の悲しい話が残っています。
右手はお稲荷さん
その隣に新しそうな地蔵堂がありました。
本堂は1788年(皇紀2448)天明8年の天明の大火で類焼し、それ以後、再建されていないようです。
この寺は、鳴虎(なきとら)の報恩寺と云われています。中国の画人四明陶?(しめいとういつ)が描く猛虎の絵を豊臣秀吉の所望により聚楽第の床へ飾ったところ、夜中に虎が鳴きだし、秀吉は一晩中眠れなかったので、すぐに寺へ返されたという話です。この絵は寅年の正月三が日に限り公開されるという事らしいので、来年の三が日に、再び、訪ねてみようと思います。
- by zuzu
- at 12:10
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